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研究室訪問

土屋 宏之 (教授)
英語英文学科 
土屋 宏之 (教授)
映画の中に見るアメリカの”人種問題”と”女性の自立”。
           時代を反映する映画を様々な観点から考察しています。

PROFILE
1942年生まれ。上智大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了。
専門は「アメリカ小説」「アメリカ大衆文化」。特にアメリカ映画とのかかわりについて研究している。著書に『レッツ英会話』(単著)『アメリカ文学における夢と崩壊』『読み継がれるアメリカ』『アメリカ文化への招待』(いずれも共著)ほか。共訳書も『ファルコナー』(J・チーヴァー著)『ウィガン波止場への道』(J・オーウェル著)など多数。

担当科目
「基礎セミナー」「3年セミナー・文化」「アメリカ文学史」
「アメリカ文化講義」「特別演習」「卒業論文」
「英米文学演習D」

(聞き手)(以下略)先生のご専門は「アメリカ文学」「アメリカ大衆文化」と伺っていますが、特に近年は、アメリカ文学と映画の関係性について着目された研究を続けていらっしゃいます。◎先生のご専門は「アメリカ文学」「アメリカ大衆文化」と伺っていますが、特に近年は、アメリカ文学と映画の関係性について着目された研究を続けていらっしゃいます。


(土屋先生)(以下略)
私がアメリカ映画をとりあげる場合、2つのテーマがあります。ひとつは「アメリカ文学で映画化されたもの」、もうひとつは「映画のなかに見るアメリカの “人種問題”“女性の自立”」です。いずれのテーマも含んでいる映画には、たとえば『若草物語』があります。ルイザ・メイ・オルコットによって19世紀半ばに書かれたこの作品は、1933年、1949年、1994年、1998年と過去4度も映画化されました。『若草物語』は、父親が南北戦争に従軍牧師として出征、母親と娘4人で家を守るマーチー一家の悲喜こもごもの生活の様子を、4人の子どもの成長とともに語っていく物語で、戦争によって否応なしに求められていく「女性の自立」をテーマとしています。ここで興味深いのは、映画化された時期の時代背景と作品の関係でしょう。1933年のキャサリン・ヘップバーン出演作品は、世界大恐慌によりアメリカが貧困にあえいでいた時代に製作され、作品のなかにおける経済的に苦しい状況が現実と重なっています。


2作目以降もやはり、映画化された時期の時代背景に特徴が見られますか?


土屋 宏之 研究室にて

1949年のエリザベス・テーラーが出演した作品は、第二次世界大戦に出征した夫や息子が家庭に戻ってきた時期で、戦争を背景としている点で共通性が見えてきます。ウィノナ・ライダー出演の1994年の作品は女性監督の手によるもので、女性が「女性の自立」を見直すという部分でそれまでの作品と色合いが違いました。2度目の映画化から、3度目の映画化までかなり期間が空いていますが、実は1970年、1978年、1993年と全米ではテレビドラマ化されているので、一定の間隔で取り上げられている不思議な作品でもあります。これは、「女性の自立」がアメリカの今も昔も変わらぬ重要なテーマであることを示しているとも考えられます。


『読み継がれるアメリカ』(共著)では、西部劇の名作である“駅馬車”や“荒野の決闘”も取り上げておられ、興味深く拝読させていただきました。


『読み継がれるアメリカ』は白百合の英語英文学科の教員や大学院生が、アメリカの夢と理念がたどった発展とその裏側に生じた「ねじれ」や「ゆがみ」を、文学作品と大衆文化を通して、「アメリカ文化に見る封じ込め」という観点から検証するユニークな取り組みでした。私の場合、この本では、西部劇を題材として、アメリカにおける共同体の文化をはじめとするさまざまな要素が、銀幕に映し出される「酒場」や「教会」「馬小屋」に封じ込められていることを紐解いていったわけです。そもそも西部劇はひとつの儀式的なものだったと私は考えています。アメリカの西部劇は1950年代にピークを迎え、その栄華は1972年を以って終わりを告げたと言ってよいでしょう。60年代を通してのアメリカの「意識革命」と「ベトナム戦争の泥沼化」が、アメリカ先住民に対するイメージの転換につながり、結果として西部劇の幕引きとなったわけです。


具体的にはどのようなことですか?


土屋 宏之 (教授)

インディアンが白人を襲うパターンの西部劇が好んで作られたのは、1967年が最後かと思います。先程ほどお話しした2つの要因により、これまでの歴史認識に対して多くのアメリカ人がとても懐疑的になったわけです。悪の象徴だったアメリカインディアンに対して、「本当にそうだったのか?」という疑念や、圧倒的な物量によって制圧される姿に、ベトナムで戦火に逃げ惑う人々の姿を重ね合わせたことが影響しました。とはいえ、社会に対して果たした西部劇の役割は大きなものがありました。


西部劇の基盤となったアメリカ小説の古典とも言える『モヒカン族の最期』は、建国から日の浅いアメリカにとって、限られた歴史を再評価する意味合いを持っていたと考えられます。また、アメリカが最も豊かさを享受できた50年代の人々にとって西部劇とは、ひいおじいさんの時代にあたる、そう遠くない開拓時代の偉業をスクリーンを通して称え、自国の歴史を確認する欠かせない「儀式」だったわけです。


なるほど。しかし、西部劇が消滅しても、「儀式」の必要性は残りませんか?


60年代を通して、アメリカ人の過去の歴史に対する認識が大きく変わってしまったことはすでにお話ししましたが、過去に対して懐疑的になった彼ら(特に若者)は視線を前に向けるしかなかった。また、西部開拓の歴史も遠い昔話になりつつあったわけです。だから、西部劇の衰退とともに、SF映画が台頭しはじめたのは決して偶然ではありません。先住民や有色人種を敵としていたものが、「人間」対「宇宙人」という当たり障りのない構図に切り替えられたわけです。今日、フロンティア精神が失われ、中南米やアジア系移民の流入が進むアメリカでは次第に映画の物語性・文学性が薄れつつあります。特殊効果やCGを駆使した映画製作は、建国の歴史の共有どころか、場合によっては共通の言葉すら必要としません。それはまるで映画創成期のサイレント時代のようでもあります。ヨーロッパからの移民が労働者層のほとんどを構成していた20世紀初頭に、映画は低所得者層の限られた娯楽として発展しました。言葉を満足に理解できない彼らはバスターキートンのパフォーマンスを「視覚」で楽しんだわけです。現在のハリウッド映画は奇しくもその原型に還りつつあるのかもしれません。


最後に、これから白百合生となるみなさんにメッセージをお願いします。


私が白百合に着任したのは、今から35年前のことです。長い年月をこのキャンパスで過ごしてきましたが、校風や白百合生の持っている雰囲気というのは面白いもので、今も昔もほとんど変わらないですね。最初は「白百合でうまくやっていけるかな」って心配していた学生も、不思議と3年生ぐらいになると「やっぱり白百合生だなぁ」と感じさせる落ち着きが出てくる。これから白百合生となるみなさんも、大学生活を前にして、漠然とした不安があると思います。白百合はそういった思いを教職員が受け止め、一つひとつ応えていくことができる環境ですから、安心して新しい世界に踏み出してもらいたいですね。


どうもありがとうございました。


(聞き手 / 「アンシャンテ」編集部  2004年11月1日 研究室にて)