平沢 竜介 教授
| 専門分野 |
上代文学(奈良時代以前の文学)と中古文学(平安時代の文学)を専攻しています。特に『古今和歌集』・『土佐日記』・『源氏物語』を軸として、上代文学から中古文学への変化の様相、またその変化の原因について考えています。
『古今和歌集』は平安時代初頭に成立した勅撰和歌集ですが、そこに収められた和歌の特色は、歌語、歌枕といった美的に洗練され、固有のイメージを喚起する和歌独自の用語が用いられるようになる一方、掛詞、縁語、見立て、知的擬人といった修辞技法が多く用いられるようになり、一首の表現の仕方も対象を直接的に表現するのではなく、むしろ対象を知性の中で、通常表現する形とは異なった形で表現されるようになるという点にあります。しかも、このような特色は『古今集』のみでなく平安時代初頭の和歌全てに見出される特色です。
ところで、これら『古今和歌集』およびその時代の和歌を特色づける要素は、いずれも知性(あるいは意識と呼んでもよいかもしれませんが)の自立した働きによって成立すると考えられます。すなわち、掛詞、縁語、見立て、知的擬人といった修辞は、一首の表現の仕方と同様、言葉を重ね合わせたりするなどして、知性の中で通常の表現とは異なった表現をとることから生まれてくるものですし、歌語、歌枕といった用語は知性の中で観念的に生み出されるものだからです。
とすると、『古今集』の時代は知性すなわち意識の自立した時代、さらに言えば自我の自立した時代と見ることができるのではないでしょうか。もちろん、『古今集』の時代以前にも自我(個)の自立ということはあったと思われます。が、そうした時代にあっては個は周りの世界とまだかなりの一体感を持っていたのであり、それが『古今集』の時代になるとそれ以前の時代に比べより希薄になったと推定されるのです。
外界との一体感を失った人々は対象を直接的に把握することで存在感に満ちた詩的世界を表現することが困難になってきました。そこで人々は失った詩的世界の代わりに新たな詩的世界、自立した個でも表現可能な詩的世界を生み出したのではないでしょうか。掛詞、縁語、見立て、知的擬人などをも含んだ通常の表現とは異なった非日常的表現、歌語、歌枕といった美的、観念的用語、これらは対象との一体性を失った人々によって新たに生み出された詩的表現世界であったと考えられるのではないでしょうか。
『土佐日記』は書き手の混乱、主題の曖昧さ、訓読語の混入などから、いい加減に書かれたつまらない作品という印象をあたえます。しかし、『古今集』に多くのすばらしい歌を残した貫之がそのようなつまらない作品を書くでしょうか。『土佐日記』が書かれた当時の日本は律令制を基盤とする国家でした。そしてその律令制の思想的基盤となるのは儒教でした。儒教の文芸観は文芸とは社会的、政治的に有効性あるものこそが、男性官人のなすべきもの、すなわち公の場に出し得る文学だというもので、当時公の文学と認められたのは漢詩、漢文と和歌のみでした。
こうした状況のもとで貫之が仮名の日記形式でまじめに自らの思うところを表現したら、彼は当時の貴族階層の人々から大きな非難を浴びずにはすまなかったでしょう。そこで彼は『土佐日記』がいい加減に書かれた作品であるかのようにわざと偽装を施して、その中に彼の表現したいものを盛り込んだのではないでしょうか。
しかし男性によって書き得る日記文学はこれが限度でした。既に述べたような制約から男性がまじめに仮名による日記文学を書くことはこれ以後出来ませんでした。それに対し、女性は儒教的文芸観から自由であったがゆえに自らの思うままに仮名日記を表現することが出来ました。そのためこれ以後平安時代に女性によるすぐれた仮名日記文学が多く生み出されることになりました。物語文学も同様で、男性にとって物語を書くということは余技にすぎませんでしたが、女性はそれにも真剣に取り組むことができました。現在残っている物語のうち、作者が分かっているものは女性のものばかりで、男性が作ったと思われる作品の作者名は不明です。
平安時代が女性作家全盛の時代となったのも、既に述べたような儒教的文芸観が大きく影響していると考えられるのです。
なお、近年は『源氏物語』にも興味を持ち、構想論に関する論文も書いています。
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| 担当科目 |
文学史 I (上代、中古文学の歴史)
国語国文学基礎演習I(古典)
中古文学演習(『源氏物語』・帚木巻)
日本文学研究E(『源氏物語』・葵の巻)
卒業論文
古代文学演習A(『源氏物語』・葵の巻)
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| 担当科目の内容 |
■授業について
文学研究、殊に古典研究となると難しく考えがちですが、まず原文を読んで楽しむことが第一でしょう。古典文学は最初は親しみにくいものですが、ある程度読み込んでいくとそのおもしろさが段々分かってきます。研究に入るまえにまず古典のおもしろさ、楽しさを味わうことが大切なのではないでしょうか。
研究の場合もはじめから難しい問題を考えるのではなく、まずは素朴な疑問について話し合い、そこからいろいろな問題を見つけてそれに対する解答を考えて行くという形をとるのがよいと思っています。
こうした作業に真剣に取り組んでいるうちに、感性や想像力、問題を見出す能力、論理的な思考や推理力、発想力といったものが身についていくのではないでしょうか。
■卒業論文について
卒業論文はなるべく個人の自主性を尊重して指導します。
卒論のテーマを何にするか、そのテーマをどのように論ずるかは、まずそれぞれの学生に考えてもらいます。
もちろんそれぞれの学生が考えてきたことに無理があったり、修正したほうがよいような場合には、話し合いで修正したり、変更したりすることもあります。こうした話し合いを重ねて論文の方向性がある程度決まれば、後は参考文献などを教え、行き詰まった時にアドバイスを与える程度でなるべく自分で書くように指導します。
自分で苦労して問題を解決しないと本当の自分の力にはならないと思いますので、学生が出来るところは学生自身で調べたり、考えたりして解決する方向で指導しています。
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| 自由記述欄 |
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著書
『古今歌風の成立』(笠間書院)
『王朝文学の始発』(笠間書院)
『歌経標式 注釈と研究』(共著、桜楓社)
『和歌文学大系 貫之集、躬恒集、友則集、忠岑集』(共著、明治書院)
『歌経標式 影印と注釈』(共著、笠間書院)
「貫之」(『和歌文学論集2 古今集とその前後』、風間書房)
「貫之と躬恒、その歌風の相違-修辞技法の検討から-」(『白百合女子大学研究紀要』32号)
「明石の君の大堰移住(上)」(白百合女子大学言語・文学研究センター『言語・文学研究論集』9号)
「明石の君の大堰移住(下)」(国文白百合40号)
「王朝女流文学の隆盛」(『古代中世文学論考』第24集、新典社)
経歴
■経歴
昭和27年生。昭和51年東京大学卒。昭和54年同大学院修了。国文学研究資料館助手を経て、現在に至る。博士(文学)
■所属学会
上代文学会
中古文学会
和歌文学会
日本文学会
東京大学国語国文学会