白百合について

学長室の窓から No.36

2022年7月25日

傘と大学

白百合女子大学
副学長 海老根 龍介

ここしばらく「戻り梅雨」の空模様ですが、梅雨明けが宣言された6月末から7月初めにかけては、耐えがたい猛暑が続きました。仙川の駅から大学まで歩いてくると、正門を入ったとたん木陰を流れるさわやかな風が心地よく、自然あふれるキャンパスの素晴らしさをあらためて実感する日々でしたが、とはいえ、日差しをさえぎる高い建物もない、直射日光を全身に浴びながら歩く駅からの道のりはやはり厳しく、油断すると意識がふっと遠のく感覚さえ一度ならず体験しました。「このままひと夏を乗り切れるだろうか」と、本気で心配になったものです。

そんなある日、ふと思い立って、同僚に「この暑さが続くなら帽子をかぶったほうがいいかな。かぶるならどんな帽子だろう」と尋ねてみると、想定にない次のような答えが返ってきました。「日傘のほうがいいですよ。日傘男子になりましょう!」「帽子にはセンスが必要なので」との前置きに、ひっかかるものを感じなくもなかったのですが、帽子をかぶって颯爽と歩く自分の姿を残念ながら想像できない以上、これはファッションに無頓着な私への客観的評価と受け入れるしかないでしょう。日傘をさすと体感温度が3度は違うそうで、この頃は男性用もたくさん売られているとのこと。調べてみると、環境省では2019年から日本百貨店協会、日本洋傘振興協議会等と連携して、日傘の普及に積極的に取り組んでおり、そのとき作成されたPOP広告には、なるほど女性ではなく男性のイラストが用いられていました。まだまだ少数派とはいえ、「日傘男子」も先の同僚の造語ではなく、2013年にすでに流行語大賞候補50語に選ばれた、10年近い歴史を有する名詞で、一般社団法人「日本日傘男子協会」(こんな団体があるのですね)のホームページによると、タレントの稲垣吾郎さんなどが「日傘男子」の先駆的存在のようです。

知識も得てすっかりその気になった私は、アドバイスを受けた2日後にはさっそく購入していました。買ったばかりの日傘を鞄に入れ、翌朝は意気揚々と家を出たものの、仙川駅の改札を出て人波に押し出された瞬間に、急に人目が気になってこの日は結局使わずじまい。ちょうど授業開始前の時間帯、道行く人の多くが白百合の学生という状況で、数少ない男性の私が日傘を使うことに少し気後れしたようです。私がどんな格好をしようと誰も興味はないと頭ではよく分かっているのに、まったく情けないことです。でもそのさらに翌日、「今日こそは」と強い決意でさしてみたところ、効果は予想以上でした。体感温度ははっきりと下がり、道中も疲労を感じないため、大学に着いたときの消耗具合がまったく違います。「これからが楽しみだ」と気持ちまで前向きになって、その単純さには我ながら苦笑を禁じ得ません。

こうして私もめでたく「日傘男子」の仲間入りを果たしたわけですが、日傘を持つようになって気に入っていることがもうひとつあります。日傘というと日差しの遮断に特化したものと、なんとなく思い込んでいましたが、最近ではその多くが実は晴雨兼用です。夏は天気の変化が激しいですから、いずれにしても傘を携帯する必要に迫られますが、どうせ持ち歩くなら一般に軽量である晴雨兼用にすれば、むしろ荷物が軽くなるのです。一つのもので二つの機能を果たす商品の場合、どちらの機能も水準以上であることが大切で、実際、日光を完璧に遮断して快適な通勤通学を可能にしてくれても、いざ雨が降ると水が漏れてくるというのでは、傘として使い物になりません。その点、私の購入した日傘は降雨時にも今のところ立派に活躍してくれており、満足度は上がる一方です。


さて、昨今、大学のミッションということが、よく取りざたされます。大学はそれぞれ固有の使命を持ち、それが教育や研究の中身を決めるという考え方で、学生も自分がその大学で何を学び、どのような力を身につけ、キャリア形成に生かしていけるのか、あらかじめよく吟味したうえで入学する傾向が強まっています。ただ気をつけたいのは、何を学ぶのかとどのような力が身につくのかは、密接に関わりあってはいますが、完全に重なるわけではないことです。卒業論文の執筆やゼミでの学習などはその好例ですが、実社会でそのまま役に立つテーマでなくても、自分が興味の持てる研究に真剣に取り組むことで、資料の集め方や吟味の仕方、論理的思考力、説明能力、文章力・表現力など、多くの実践的能力が鍛えられるからです。他方、教育職や司書、公認心理師といった資格にかかわる知識や技術、語学力やデータ分析力、ビジネススキルなどを獲得するには、その目的に特化した授業やプログラムが不可欠でしょう。未知のこと、面白いことに出会い、時間をかけて思う存分追究するという、大学でこそ味わえる得難い楽しみを、さまざまな能力の育成につなげ、その方法と過程を分かりやすく示すこと、そして、より実際的な知識やスキルについては、それを求める学生に習得の機会を確実に提供する仕組みを整えること。白百合女子大学もこうした目的意識のもと、止まることなく一歩一歩改良を続けています。

しかし大学にはもうひとつ重要な役割があるとも思うのです。毎年、白百合女子大学がお迎えしている新入生のほとんどは10歳代の後半です。卒業後のキャリアを思い描いて入学しても、それまでの人生で知っていた限られた世界観が、さまざまな経験によって揺さぶられ、崩壊することもままあります。目指していたものに意味を見出せなくなったり、自分の適性が分からなくなったりして、不安に押しつぶされそうな日々を送る学生も少なくないでしょう。自分には社会人として求められる能力、たとえば人とコミュニケーションをとる力が欠けていると、思い詰めてしまっている人にもよく出会います。でも迷えることは若さの特権ですし、社会で必要とされる力も画一的なものではありません。人の個性はそれぞれ違うのですから、特性に合った形で社会に貢献すればいいので、それを見つけるために、欠けていると不安に思っている能力を無理に追いかけるのをいったん止めてみるのも、ときには有効です。目標を持てなかったり、見失ったり、自分に自信が持てなかったりしている学生たちが、まずは安心して一息ついて、ゆっくりと進むべき道を探り、前向きな気持ちを醸成できる場所であること、それもまた大学の目指すべき姿ではないでしょうか。


視界が晴れわたり、はっきり目標が見えている人に、必要な能力や知識を提供し、ゴールまでの道のりを示すのは、大学の大事な役目です。カンカン照りの日差しのなか、努力を続けてもなかなか目標に近づけない、そんな苦しいときは大学は日傘となって、学生の皆さんが少しでも快適に歩みを進められるお手伝いをするでしょう。他方、雨に降られて心も体もずぶ濡れの人に、雨宿りの場所を提供するのも、決して蔑ろにできない大学の任務だと思います。お茶でも飲みながら一息ついて、さあ少しずつ歩き出そうという人とは、雨から守る雨傘となって、晴れて視界が開けて目標が見えてくるまで、今しばらくともに歩き続けます。白百合女子大学は学生が2000名弱のささやかな大学ですが、少人数教育の利点を生かして、キャンパスの隅々まで晴雨兼用の置き傘を用意し、学生一人ひとりに寄り添う存在でありたいものだと、近ごろよく考えるのです。

 
    自宅前にて
 

 

 


                 



Page Top