白百合について

学長室の窓から No.23

2021年7月8日

ことばを超えるもの 

白百合女子大学
副学長 宮本 信也

新型コロナウィルス感染症の流行がなかなか収まりません。いろいろな変異株が現れ、それが、次の流行を生むという状況が繰り返されつつあります。昨年から言われてきていることですが、人類はコロナウイルスと上手につきあっていく生き方を選択するしかないのかもしれません。とは言っても、手をこまねいているのではなく、感染予防のためにできることは行いながら、ということになります。感染予防対策の切り札はワクチンですが、わが国では、まだ広く行き渡るまでの状況には至っていません。昨年度から言われている基本的な対応(3密を避ける、マスク着用、手洗い励行など)を地道に行うことが大切と考えます。
ところで、最近、言われていることとして、家族や日常的に会っている人以外の人、つまりは、久しぶりの人との面談、喫茶、食事は気をつけることというのがあります。これから夏休みに向かい、学生のみなさんの中には高校の同窓生など、久しぶりの人と会う予定がある人もいるかもしれません。今年の夏は、そうした機会は、できれば控えていただきたいと思いますが、それが難しい場合は、マスクの常時着用と換気に十二分に気をつけていただきたいと思っています。 

さて、ちょっと目先を変えた話題です。
新型コロナウイルス感染に対する緊急事態宣言下では、全国の学校が休校となりました。子どもたちが家庭で過ごす時間が増えたこともあってか、私の外来を受診している子どもたちのお母さん方の中には、「私の方が限界になりそうです」と、半分冗談、半分本気で話される方もおられました。親子げんか、きょうだいげんかが増えたと言われたお母さんは数知れません。子どもも親御さんも気持ちの余裕がない状態では、普段でしたら言わないような乱暴な言葉が出てしまうこともあることでしょう。
思わず出てしまったひどい言葉を、言ってしまった人が後悔することもあると思いますが、言った方は時間とともに忘れてしまうことも少なくありません。一方、言われた方は、言われた言葉がなかなか消えず、折に触れその言葉がよみがえり嫌な気持ちもぶり返すことがあります。
ことばの暴力によって傷ついた子どもたちは、自分のことを価値のない人間と思いがちになることが知られています。そのように思いこむことで、言われたことを正当化し、心がそれ以上傷つくのを防ごうとするからだとも言われています。
私達が個人的に重大な決断をするときは、理性的に冷静に考えて決断するよりも、直感的、感覚的な判断によっていることが少なくないという考え方が提唱されています。そして、直感的・感覚的判断に大きく影響を与えるのは、その判断のときに感じる身体の感覚(「心がざわめく」などの言いようのない感覚)であり、そうした身体感覚は、それまでにその人が経験してきた事柄とその経験の時に感じた感覚の記憶から生じると説明されています(Damasioら、somatic marker仮説)。
こうした考え方は仮説ではありますが、ふと、あることを思い起こさせます。幼い頃に親御さんの愛情に包まれ、抱きしめられ、親御さんの温かい体温を感じ、抱きしめられた身体の感覚を感じ、そのことが心のどこかに記憶されている子ども達は、何かいけないことをするかどうかの瀬戸際に立たされたとき、その感覚がよみがえり、理屈ではなく身体の感覚で「これはしてはいけない」と踏みとどまることができるのではないでしょうか。
ことばは、言われた人の一生を縛るほどの怖さを持っています。しかし、その怖さやダメージを癒してくれるものの一つが、深い愛情を感じている人とのつながりからくる身体的感覚かもしれないと思うものです。身体的感覚は、身体的接触で一番感じられるものです。親御さんから抱きしめられた幼いときの感じこそ、その源となるのだろうと信じたいと思っています。

閑話
前回のミズバショウの仲間、ザゼンソウ(座禅草)です。今の時期、季節外れですが、春を告げる花の一つです。
一見、大きな一つの花のように見えますが、真ん中にある円柱状のものに付いている小さなブツブツ一つ一つが花になっています。この点、ミズバショウと同じです。大きく開いて花のように見える黒い部分は、花ではなく、つぼみを包んでいた葉っぱ(苞:ほう)なのです。
この苞が、仏像などの背につくられている光背(背中から出る光の束:光明)に似ていて、真ん中の花の塊が座禅をしているお坊さんのように見えることから座禅草という名前になったと言われています。

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

                 



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