認知心理学の視点から、生涯にわたる人間の思考、知識、イメージとその変化を研究しています。
研究上の関心は2つあります。一つは、本学の生涯発達研究教育センターの研究プロジェクトとして始めた「選ばなかった道」の研究です。心理学は20世紀に行動の科学として哲学から独立して以来、目に見える「行動」を主たる研究対象にしてきました。生涯発達についていえば、「自分はこうなりたい」という目標をもって何かを「選び」、その目標の実現に向けて努力し、達成されれば満足し幸福を感じるという仮定のもとに研究がされてきました。それはリアルで正しいものだと思いますが、目標の選択に際して「選ばなかった」道も生じます。選ばなかったのだからすぐに忘れるとも限らないし、後悔の種になって残るとも限らない。人は「選ばなかった道」を心の中でどう扱い適応しているのか、心の成長やウェルビーイングとどう関係しているのかを研究しています。
二つ目は、「理解」あるいは「知性」についてです。私が大学院生の時に所属した研究室では、アメリカ行動主義の流れをくむ「学習」の考え方への疑問が共有され、従来の学習の概念で私たちの「理解」(わかること)が十分に捉えられているのかが探求されていました。当時の学習心理学では、要するにテスト(広い意味での)ができれば「理解した」ことを意味したのですが、それは正しいのか、という疑問です。テストは一通りできたけれど、本当には理解していないといったことを私たちはしばしば経験します。一方、認知心理学では、知能検査によって測定される知能の概念に従来からさまざまな批判があり、既存の知能概念に代わる新たな考え方が提案されています。知能検査の得点は、学校の勉強のパフォーマンスとは関連しますが、それ以外の、人が社会生活を送ったり自分で立てた目標を達成したりしなかったりといった、広く「適応」ということとどれほどの関係があるのか、という問題です。知能をめぐっては欧米で広く分厚い研究がされており、それについて学んでいます。
鈴木 忠 教授
- 専門分野
- 生涯発達心理学、認知心理学
担当科目
発達心理学科
- 発達心理学基礎演習A
- 発達心理学概論B
- 心理学実験Ⅰ
- 知覚・認知心理学
- キャリア研究
- 心理学研究法
- 心理学専門演習
- 英語論文講読演習
- 心理実習
- 卒業論文
大学院 発達心理学専攻
- 認知心理学特論
- 心理実践実習DⅠ、DⅡ
- 心理学実験指導法Ⅰ
- 研究指導
担当科目の内容
発達心理学科
発達心理学概論B
発達心理学は、かつては乳幼児心理学、児童心理学、青年心理学、老年心理学などと各発達段階に分かれて研究されていました。それに対して、さまざまな発達時期を貫く発達の原理を探求することが必要であるとして成立したのが生涯発達心理学です。人間の発達を乳幼児期から老年期に至るまで、成人期以降に重きをおきながら、人間がどのように発達し歳をとっていくのかについて基本的な考え方(方法論)と重要な知見(研究成果)を学びます。
知覚・認知心理学
人間の知覚と認知の理論とその研究成果について理解することを目標とします。物を見るとき、何かを記憶し、考え、イメージするとき、私たちの心の中では何が起きているのでしょうか。それを科学的に探究するのが知覚・認知心理学です。自分が一番よく知っていると思いがちな自分の心のはたらきを、私たちは自分自身では十分に捉えられません。先行理論にもとづいて仮説を立て客観的な方法で実証していく心理学的探求が必要です。まだ半世紀あまりの歴史ながら、知覚・認知心理学はそれらについて多くのことを明らかにしてきました。この授業ではその理論や知見を知り、簡単な実験を体験しながら、人間の心のはたらきとしくみについて学びます。
キャリア研究
この授業は、生涯発達心理学にもとづいて、自分自身の将来の生き方(ライフコース)を考えることを目的としています。大学を卒業する時点でどんな職業に就くかということよりも、その後、転職や結婚・出産といったライフイベントを経験する可能性も含め、十数年の長いスパンの中で、自分のキャリアと家族形成、自分自身のこれからの発達をどうするかを考えます。おもなテーマは、転職や再就職(仕切り直しや転機)にいかに対処するか、家族をもちながら働くこと(ワークライフバランス)、そのための資源をどう獲得し活用するか、といったことです。生涯発達心理学の学習と、卒業後の自分のキャリア・パスとをつなぐことができるよう、講義(座学)よりも演習形式に重きをおいています。
大学院文学研究科 発達心理学専攻
認知心理学特論
人間がものを考え何らかの判断をする時、誤りがつきものです。心理学には、いかに効率よく「正しい思考」ができるかを追求するアプローチがある一方、人間の誤りそのものに焦点をあて、それがなぜ生じるのか、誤りにどんな意味があるのかを考えるアプローチがあります。この授業は後者の立場に立ち、思考における誤答が生成される認知過程とその意味について、発達の観点を取りつつ関連書を読みながら考えます。
業績
おもな著書と論文
- 「美術教育」『児童心理学の進歩』(2000年版、日本児童研究所編、金子書房)
子どもの描画の発達をレビューしたものです。頭足画が発達心理学にとっていかに興味深いテーマかなどについて論じました。 - 『生涯発達のダイナミクス:知の多様性 生きかたの可塑性』(東京大学出版会、2008年)
生涯発達の研究は高齢化社会にあって非常に重要であるにもかかわらず、生涯発達心理学のきちんとしたレビューは日本ではなされてきませんでした。生涯発達の原理として「可塑性」を掲げ検討することが生涯発達心理学の中心的テーマであり、脳科学や進化生物学などとつながる接点です。知能、熟達化、実践的知識、感情、記憶、英知などの研究を詳細にレビューしました。 - 「自己を越える/現実を越える:アイデンティティー概念再考」(生涯発達心理学研究、第1号、2009)
エリクソンの発達論に足場をおきながら、従来の発達論の代案となる見方を探るべく、心理学外の概念——T.W.アドルノやE.W.サイードの晩年性(lateness)、詩人ジョン・キーツの「何者でもなくいられる力(negative capability)」——に光をあてて議論をしました。 - 「<希望>の原理と生涯発達:E.ブロッホとE.H.エリクソンをもとに」(白百合女子大学研究紀要、第46号、2010)
上と同じ問題意識から、エルンスト・ブロッホの希望哲学に拠りながら、子どものファンタジーと生涯発達について議論しました。 - 「遊び(ファンタジー)と幼児の発達:E.H.エリクソンの発達論とV.G.ベイリーの教育実践から」(生涯発達心理学研究、第3号、2011)
エリクソンの遊び心(playfulness)や儀式化(ritualization)の概念を用いながら、アメリカの幼稚園教師ペイリーの実践を分析し、ファンタジーと発達の関係について論じました。 - 「生涯発達」高橋惠子・湯川良三、安藤寿康、秋山弘子(編)『発達科学入門.第1巻 理論と方法』(東京大学出版会、2012年)
- 「生涯発達心理学の考え方:発達の可塑性」日本発達心理学会(編)『発達科学ハンドブック.第1巻 発達心理学と隣接領域の理論・方法論』(新曜社、2013年)
- 『生涯発達とライフサイクル』(西平直と共著、東京大学出版会、2014年)
E.H.エリクソンの理論を西平氏との共通の土俵にしながら、心理学の歴史を文脈主義の観点から捉え直し、発達研究に関する基本概念(心理社会的危機やジェネラティヴィティ)とともに、新しい概念(晩年性、ネガティブ・ケイパビリティ、希望)について論じました。 - 『生涯発達心理学:認知・対人関係・自己から読み解く』(飯牟礼悦子・滝口のぞみと共著 有斐閣、2016年)
生涯を見通して発達と加齢を理解するための理論的枠組みや基本的な知見を示しながら初学者向けに解説したテキストです。 - 『チャイルド・アートの発達心理学:子どもの絵のへんてこりんさには意味がある』(新曜社、2021年)
子どもが描くヒトの絵の発達を主な題材に、「変化」と「多様性(バリエーション)」に焦点をあてて子どもの絵の発達を論じました。具体的には、子どもの発達的変化、大人からのはたらきかけによる変化、時代や文化の影響による多様性、一人の子どもが一回の描画でうみ出す絵のバリエーション(個人内多様性)などです。 - 「ライフサイクルと生涯発達」 岩壁茂・遠藤利彦(編)『臨床心理学スタンダードテキスト』(金剛出版、2023年)
経歴
東京大学大学院教育学研究科博士課程に入学後、1988~90年にドイツのマックスプランク研究所に留学。1991年に東京大学大学院博士課程を単位取得退学し、東京大学教育学部助手となる。1994年に教育学博士(東京大学)。1995年に白百合女子大学に着任し現在に至る。









